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●「御用済み人材」のもだえ


「武智係長! チョット軽くやっていかない?」
「説明会」が終わり、階段を下りている途中で、隣の課の川島係長が声をかけてきた。

頭の整理が必要だった。
このままの気分ではまっすぐ家には帰れない。
同僚の反応も聞きたかった。
武智係長は「ああ、軽くな。」と誘いに応じた。

行きつけの寿司屋のカウンターで、二人は刺身をつまみに山梨の銘酒「七賢」を飲んでいた。

イヤに今宵は酒が苦い。
「ブルーライトなヨコハマ」の夏の夜だ。

「どうするんだ、オマエは。」と川島係長。

「辞めるつもりはないよ、俺は……。今、会社を辞めたら、一家心中だよ、ホント。
川島だって同じだろうに。」と返す武智係長。

「それにしても募集人員が550人とはな。 随分大人数だな…。 それだけわが社はピンチと言うことだ。 ウン、ウン……」 武智係長、自分で言って、自分で納得している様子。

「でも、こんなに早く人に手をつけるとは考えてもいなかったなあ。」
ため息をつきながら武智係長が川島係長に向かってポツリと話す。

川島係長は無言でぐい飲みを干し続けている。

「俺たちは、もう“御用済(ごようずみ)”と言うことかもしれないな、キッと……。」
武智係長の箸先がつまみの盛られたお皿の中をせわしなく動いている。

無言でいた川島係長が武智係長に真顔で話しかけた。
「何故、募集社員の年令を45才以上としたんだろうね。 せめて50才以上としてくれりゃあなあ……。 50才以上の募集年令というのが一般的だろうに。 うちの会社でも人数が多いのは50才以上の社員じゃないか。」

愚痴もまじえた湿っぽい話が続く。

寿司屋の大将は聞かぬ振りをしながら、寡黙に寿司を握り続けている。
店の空気は重い。

ともに47才の同期入社で、昇進スピードもけっして早いとはいえない二人。
しかし、よく気が合う数少ない社友だ。 
人事評価はけっして満足な評価をもらってはいない。
いわゆる「標準以下」の評価を受けている二人だ。

不安がつのるのは当然だ。



本社勤務ではあるものの、武智係長は前人事部の係長。 部下の指導力と管理力に問題があって営業部に去年配置転換されたばかり。 未だ確たる営業成績を上げてはいない。 むしろ、畑違いの職種へのキャリアチェンジで、後輩社員から営業の手ほどきを受けている最中だ。
家族は、3才年下の配偶者と高校2年になる長男、中学2年の長女の4人家族。
3年前に購入した建売住宅のローンも抱えている。

一方の川島係長は、技術サービス部門一筋のキャリア。 爪垢を黒々として黙々とフィールド・サービスに取組んで早や25年。 正直さと愚直さと真面目で責任感が強いという、いわゆる“人間力”が唯一売りの人物だ。

家族は、同い年の配偶者と中学2年生の長女、小学6年生の次女、それに配偶者の母親の5人家族で、家は持ち家といった状況だ。

「お客さん! もっと自分自身に自信持ったほうがいいんじゃないの?」
突然、重い空気を吹き飛ばすように、寿司屋の大将の声が響いた。

「何も、明日にも会社が潰れるわけではなさそうだし、会社に殺されるわけでもないし、ただ会社が『辞めたい人は辞めてもいいよ』って会社が言ってるだけだろう?」

「それなのに、なぜ辞めさせられそうな不安な気持ちになってしまうのかねえ? そこんとこが俺には今ひとつ分からないねえ。」

「これまでズーッと会社のために一生懸命働いてきたんでしょう? やれ“企業戦士”だのなんのと言われてさあ。」

軍艦巻きをカウンターに出しながら大将が首をひねりながら話す。

「バブル景気がはじけけてから会社は、給料が高くて年をとっている中高年の社員を辞めさせたがっているんですよ。 少し今は景気が回復基調にあるのは事実だけど、まだまだ中高年の社員はどこの会社でも少なからず余剰感をもたれていますので、分からないでもないんですがね。 

私ら中高年社員としては、家庭の事情などもあって、とてもハイそうですか協力しましょう、とは言えないんですよ。 ましてや失業率4.7%、308万人もの失業者が依然として職を探している状況だとか、中高年の人の仕事口が少ないとかといったことを考えると、とてもじゃないけど、会社を自分から辞められる人というのはごくごく少ないんですよ。 308万人といえば、東京に次ぐ人口を抱えている350万人いる横浜の全人口の約90%相当の人がほぼ完全失業者ということだぜ。

資格と言えるだけのものなんか無いしねえ。 ですから、いつも自分もいつか肩たたきにあうんじゃないか、なんてつい考えチャって不安になっちゃうんだなあ…。」

武智係長が大将に説明を始めた。

「ウン、そりゃそうだろうねえ。 だけど辞められなかったら、辞められません、と言えばいいだけだろうに…。」と大将。

「確かに理屈ではそうなんだけどね。 そうはならないんですよ、現実は…。」

「肩が凝っていない、と言っても、イヤ、あなたは肩が凝っていますと言われて“肩タタキ”にあうのが世間相場なんですよ。」

「最後には、肩を叩かれ、背中を押されて、泣く泣く辞めていくんですよ、リストラってやつは……。」

「人員削減は会社の経営を考えると仕方が無い選択肢だとは思うけど、いざその矛先が自分に向けられると、こりゃあ会社にしがみついて、私は辞めたくありません、会社に置いてください、頑張りますから、と言うのが人情でしょうねえ。」
川島係長も説明に加わった。

「そりゃあそうだわねえ。 でも、一旦、会社から目をつけられチャア、もう抵抗してもし切れるもんじゃないってこと?」と大将。

「そんな事はないけれどもね。 ウチの会社は悪質な嫌がらせをするような体質はもっていないからまだ救われるけどね。」

「でも、会社から自分はもう期待されている社員ではないんだと思いながら、つまらない仕事を与えられて、給与は下がるこそすれ上がらない中で、定年までの長い間、耐えていくのもつらいよなー。」と川島係長の顔を見ながら、自分たちの現在の心境を交えたセリフを口にする武智係長。

「年下の部下に追い越されたり、教え子だった部下の下で働くことにも耐えなければならないハメになるとも限らないしね。」と現実の職場環境から不安を話す川島係長。

「耐えていければいいけれど……家族の為には耐えていくしかないんだよ。 しかもいつもおびえながらね。 それも定年までだよ。 長いんだよなあー。 定年まで持つかどうか俺は自信ないよ。 もたなければ自己都合退職ってことにでもなったら最悪だよなあー。」

悟ったように語る武智係長。

益々、話が暗くなる一方だ。


さて、あなたがその当事者になったとしたならどうしたらよいのだろう?

部下や後輩に「瘡蓋(かさぶた)」呼ばわりされながら、定年まで何がなんでも会社にぶら下がれるまでぶら下がって、張りのないサラリーマン生活を送りながら“命を刻んでいく道”を選びますか。 それとも……。