10月2日更新
10月8日更新
10月15日更新
10月22日更新
●悪魔の囁き?「職種転換して頑張って欲しい」のこの台詞……

多胡本部長 どうだね武智君、よく奥さんと相談してくれたかね? 今日の面談は、君の結論を聴かせてもらう為に時間を設けているんだ。 結論はどうだね?」

にこやかな笑いを浮かべながら、武智係長が属している本部の多胡氏が切り出した。

武智係長 「ハイ、色々と相談しましたが、3年前に組んだ住宅ローンもまだ沢山残っていますし、営業の仕事の要領もだいぶ分かってきましたので、これからも頑張らせて頂きたいと思います。 ハイ。」

多胡本部長 「ホウ、ホウ…。 これまで通りの仕事で頑張っていきたいということだね?」

武智係長 「ハイ、そう思っております。」

多胡本部長 「君の気持ちは分かった。 でもネ、君を取り巻く状況はそういう状況ではないので、このような面談をしているんだよ。 そこのところを分かって欲しいんだよ。」

武智係長 「…?」

多胡本部長 「もう少し営業成績が良いといいんだが、これまでの成績を君はどう思っているのだね?」

武智係長 「ハイ、なにぶん不慣れな仕事だったので、自分なりには頑張ってはいたのですが、なかなか結果が残せなかったのは事実です、ハイ…。」

多胡本部長 「不慣れな仕事とは言うけれど、営業に移ってもうそろそろ1年になるだろう? 今後についても、これまでの君の仕事振りから判断した結果、残念ながら君に対する期待値はけっして高くはないというのが正直なところなんだよ。 

今後、営業目標数字もますます高くなるし、これまでの目標数字でさえクリヤーできない君にとって、非常に厳しい状況になるのは明らかだからね。

そうなったら更に評価は下がるし、それに伴っての処遇自体も落ちるし、大変なことになるよ。 それを私は心配しているんだよ。

従って先般話したように、今回の早期退職優遇措置を活用することも一つの選択肢として真剣に考えるべきではないかとアドバイスしているんだよ。」

武智係長 「ハイ…、しかし今、この年令で会社を辞めて他の会社に行く勇気など、とても自信がありません。 他の働き口が決まっているのなら別ですが、決まってもいないうちに会社を辞めて、一から働くところを探す気には到底なれませんよ…。 一人身なら話は別ですが…。 何とか会社に残らせて頂きたいのですが…、これまで以上に頑張りますので…。」

多胡本部長 「それは無理だよ…。 戦力構想に残念だが、君は入っていないんだよ。 どうしても会社に残りたいというなら、職種転換を考えてもらうしかないんだ。 どうだね、社外に出たくないというのであれば、この際思い切って職種を変えて頑張ってみるかね?」

武智係長 「ハイ! これまでも職種変更してきた私ですので、会社に居られるのなら現在の営業以外の職種でも頑張っていきたいと思います。」

多胡本部長 「分かった、それでは君には職種転換へのマインドチェンジを図る社内研修を受けてもらうことにするよ。 『キャリア転換研修』という名の一日研修だ。」

武智係長 「ありがとうございます! 受けさせて頂きます!」
「ところで今後私の転換先の職種は何が予定されているのですか?」

多胡本部長 「転換先の職種といっても、直間比率の構造改革も今回の施策の目的になっている通り、製造現場の職種が準備されているんだ。 他の間接部門に職種転換してもらうという考えは会社にはないんでね。」

武智係長 「エッ! 製造現場の職種ですか?」

多胡本部長 「そうだ、それも製造の直接工への職種転換になる予定だ。」

武智係長 「エーッ、そうですか…、製造現場ですか…。」

多胡本部長 「武智君! 躊躇している余裕など君にあるのかねえ。 まあ、とりあえずこれからの進路をジックリと考えて、転換先の職種で頑張っていくという決意を固めてもらう為の研修だから、この場で考える必要はないんだよ。 研修を通して、最終的に職種転換するか、それとも社外で活躍する道を選ぶかをジックリと考えてもらうということだ。 それじゃあ、研修受講ということでいいね?」

武智係長 「…ハイ。」

多胡本部長 「私は個人的には、君には営業ではなく、職種転換して新たな気持ちで頑張ってくれることを望んでいるよ。 何か相談事ができたらいつでも相談に応じるからね。 じゃあ、これで面談は終了だ!」

「職種転換して頑張って欲しい!」のこの台詞が出てくるケースの場合、会社としては「社外に転進してもらいたい、でも本音は出せない」、従って社員本人が嫌うであろう職種を先ず提示し、表向きには職種転換をアドバイスしつつ、本当は社員が提示された職種を忌避して社外転進の道を選ぶように間接的に誘導していくという手法であることが多い。

武智係長の新たな職業人生がこれから始まった。
生来の明るく楽天的な性格が、容易に「変化」を「チャンス」に変えた。
気持ちの切り替えを素早く果たし、「変化」を「危機」にしなかったのだ。

どうしても今の会社を辞めたくない、辞められないのならば、キャリア・チェンジという職種転換に応じていくのも一つの選択であろう。

ただし、自身の「適性」と「仕事上における価値観」に合致していることが絶対要件であることに留意が必要だ。

「心のギア-チェンジ」で「前向き志向」になって、先ずは愚直に努力していけば、自ずから自身の働き場所は確保出来るものだ。
そうすれば、上司のアドバイスが結果として「天使の囁き?」になったということだ。

大量にこれから60才定年を迎えた社員が、「改正 高齢者雇用安定法」の施行というフォローの風に乗って、「働き場の確保」という新たな壮絶な戦いに加わってくる。
その前に、我社でのポジション確保の為には、キャリア・チェンジに腰を引くことはないのだ。
「65才まで現役!」 これが当たり前の世の中になってくるのだから。

ところで川島係長のその後はどうなっただろう?
川島係長の場合は、武智係長と明暗を分ける結果となった。
上司のアドバイスは、「悪魔の囁き」になったのだ。


入社以来、フィールド・サービス一筋に25年。 正直さと愚直さと真面目で責任感が強いという、いわゆる“人間力”が売りの川島係長。
これが「悪魔の囁き」となった面談の実録だ。

藤井本部長 「川島君、今日の面談は、今後の君の進路についのことを話したいんだ。 結論から先に言うとだね、フィールド・サービスマンとしては、ソロソロ潮時が来たと思うんだよ。」
「当部門においては少数精鋭化と若返り化を更に進めていく方針なんだよ。 君ももう40半ばを越えているから、この時期を一つの踊り場として考えて、新たなキャリアをつくることに取り掛かるほうが良いと思うんだよ。 どうかな、君の考えは?」

重い空気が応接室に漂い始めた。

川島係長 「ハイ、私としてはまだまだ若い人達には負けるとは思っていませんし、スキル自体も陳腐化していないと自負していますし、本部長の今のお話は、少々、ショックです。」

藤井本部長 ショックか。 まあそうだろう。 もう少し時間が経てば君の気持ちも変わってくるよ。」
「いずれにしても、会社としての判断として申し上げていることを理解して欲しい。」
「従って、今後、君には、現在の部門以外のところで、君の人間力を含めたパフォーマンスを発揮してもらいたいと考えている。」

川島係長 「……。 クビということですか、私は……。」

藤井本部長 「なに言っているんだよ、川島君。 君には〇月〇日をもって、人材子会社に出向してもらい、今後の進路やキャリアの方向性について深く考えてもらって、今後の新たな活躍の場を検討してもらいたいんだよ。」

川島係長 「人材子会社に出向ですか? じゃあ、今の部署では不要な人材ってことですか?」

藤井本部長 「今の部門より、もっと君の特性を活かせる部署で頑張ってもらいたいという会社の考えを分かって欲しいんだよ。」
「従って、君には『職種転換』いわゆる『キャリア・チェンジ』だな、『営業職』としてのキャリアを歩んでもらうことにしたいんだ。」

川島係長 「……でもこの年令で今さら営業をしろと言われましても、私には不向きですし、やり切れる自信なんてありませんよ。」
「どんな仕事でも良いですから、部門内で探しては頂けないでしょうか?」

藤井本部長 「わが部門内には君のパフォーマンスにふさわしい仕事は残念ことだがもはや見当たらないんだ。 そこで部門を越えて君に合った仕事を探したんだがね、引き取り先が無かったんだよ。 理解して欲しいんだ。」

川島係長 「本部長のお話は理解できますけど、“今さら”未経験の仕事についてうまくやっていけるとは到底思えませんよ。」

藤井本部長 「だから会社は、営業として必要なスキルを習得してもらうために、『営業職転換研修』を用意しているのよ。 君にはその研修を受けてもらって是非、職種転換して頑張って欲しいんだよ。 君は人間性も良いし、人には好かれるタイプだし、キット成功すると思うんだよ。」
「今日、この場ですぐ決められないというのなら、後日、また話し合う場をもつので、それまでによく今後のことについて考えておいてくれよ。」

川島係長 「本部長、もしも営業への職種転換がイヤですとご返事したら、どうなるんでしょうか私は。」

藤井本部長 「君の場合には、進路はただ二つ。 営業職種への職種転換か、さもなければ希望退職に応募するかという厳しい状況になっているんだよ。」
「だから私は、どうせ定年になるまで現場のフィールドサービスという仕事は続けられる可能性は極めて少ないのだから、この際、営業へ職種転換して頑張ったらどうだとアドバイスしているんだよ。 さもなければ、希望退職に応募して、他の会社でこれまでのフィールドサービス関係の仕事に就くか、ということなんだよ。」
川島係長 「そうですか…。」

藤井本部長 「営業の仕事に経験のないということで、不安で一杯ということは分かるけど、君のこれからのキャリア形成にとって大事な節目なので頑張って欲しいんだ。君の人間力を活かせば営業として活躍できると信じているよ、私は。」
「ただし、この『営業職転換研修』は、相当厳しいプログラムになっているようだよ。 生半可な気持ちで取組んでいると、営業職としての適性なしと判断されて、途中で研修ストップを食らうそうだ。 従って、よくよく考えて進路選択の結論を出さないとダメだよ。」

川島係長 「その研修のことですが、途中で営業に向かないと判断されたら、どのようになるのですか?」

藤井本部長 「ウン、研修未修了の場合は正社員としてのポジションが無いので、外部に委託している部材や部品運びという単純な肉体労働の仕事か清掃業務などへの配置になる可能性が強いね。 処遇は仕事の難易度と連動していくわけで、当然にしてダウンとなっていくわけだ。」

仮に、製造現場への再配置を希望せず、社外に転進したいという場合には、希望退職に応募したいと言っても、既に募集そのものが終っているので、優遇策の内容は少し希望退職のそれとは金額面で下がることにはなるけれど、別途「転進支援制度」の紹介がされることになっているんだ。」

川島係長 「厳しいですね…。」

藤井本部長 そうだよ、だから今後の進路についてよく考えて結論を出して欲しいとい言ってるんだ。」


川島係長 「研修期間はどのぐらいなのですか?」

藤井本部長 「ウン、熾烈な他社との競争に勝ち残るようにする為には、短期の研修ではダメということで、今回の研修は1年間かけて実践モードで行うことになっているんだ。」
「それで、基礎研修が修了したら、営業チームを組んで実際の商品の新規開拓営業を行っていく、当然達成すべき営業数字を背負って新規開拓していくというプログラムだ。」
「でも君なら責任感も強いし、立派に研修を修了してくれると思っているよ。」
「営業力強化が必須の会社にとっても、川島君の今後の職業人生にとってもものすごく大切なことなので頑張って欲しい!」

川島係長 「そうですねエー…。 私の場合まだ子供も小さいですし、これから子供達の教育にお金がかかりますので、今、希望退職募集に応募して会社を辞めるわけにはいきませんし、残された進路が営業への職種転換だけだということでしたら、自信はありませんが精一杯それに賭けて頑張ってみたいと思います…。」





「営業職転換研修」が始まった。
この研修は、2週間の「基礎研修」という名の“地獄の特訓風”で、営業としての意識づけ・営業としてのマナー・商品知識・セールストークの実技等の各プログラムが用意されていた。

この研修で求めら得るのは、「肉体的、精神的に研修に耐えられること」であった。

研修過程では、研修生が落後しかけると、間髪を入れず教育スタッフによる「個人面談」がもたれ、“転進誘導”の働きかけが行われた。 いわゆる「振るい落とし」という奴だ。

前途の険しい道のりを察知した研修生は、パラパラと「白旗(しろはた)」を掲げて、社外転進に切り替えていった。

営業未経験の川島係長は歯を食いしばって「責め苦」に耐え切った。

この段階で「振るい落とし」にあってはなるものかの一心だった。

「基礎研修」終了後、営業活動を展開する為のチームが編成された。

いよいよ「振るい落とし」の第二ステージの始まりだ。

実践モードの「実践営業研修」は凄まじかった。
新規開拓営業とは、すべて「飛び込みセールス」。 一日4〜50件の飛び込みが課された。

一日の飛び込み営業を終えた後は、日報作成と共に、予定との差異が糾弾される毎日。

一週間が終れば、週間の実績検討会でまた絞られる。

「週間しごき」の後は、「月間のしごき」。

「月間のしごき」に続いては、「3ヵ月毎の営業適性評価」が待っていた。

この評価の結果が悪ければ、研修中止で直ちに現場への再配置か社外転進かの選択が求められた。
とうとう「実践営業研修」開始から6ヵ月後、ものの見事に川島係長、“落馬”!

「製造現場への再配置」のキャリア・パス?を選択して「捨て身の生き残り」を図ったのだ。

与えられた仕事は、雑工で、部材をサンダーがけする「バリ取り」だった。

鉄粉が目に入ることを防ぐゴーグルをかけ、ヘルメットをかぶり、鉄板の入った安全靴を履いて、しゃがみ仕事の「バリ取り」作業の日々。

ある日、川島係長が、しゃがんでバリ取りをしていた部材の横に、ピカピカに磨きあげられた黒靴が眼前に現れた。

構わず作業を続けていると、見る見るうちにその黒靴の前に水滴が落ちてきた。

作業の手を止め、顔を上げて見ると、そこにはフィールド・サービスにいた時の直属の上司であった相馬マネジャーが嗚咽をこらえながら泣いていた。

水滴はマネジャーの涙だったのだ。

川島係長は慌てて立ち上がった。
黙って頭を下げた。

うめくように相馬マネジャーは、川島係長の作業服の肩に手を当てながら声を振り絞りながら言った。

「もういいよ、川島!」
「もういい…」
「もう頑張ることはないよ、充分だよ…。」 あとは言葉にならない。

それから1ヵ月後、川島係長は会社に辞表を提出、自己都合退職していった。



相馬マネジャーの紹介によって、中小企業である同業他社で、フィールド・サービスマンとしての転職だった。

今、その当時のことを振り返れば、悪夢のような職種転換の連続だった。
今でも時折、夢の中に藤井本部長が出てくる。

「悪魔だ!」と叫んでもがいているうちに夢から覚める。

「やはり悪魔の囁きだったんだ! あれは…。」

心の中で叫んで、横で眠っている妻に悟られないように、そーッとまた布団にもぐりこむ。

この川島係長の場合は、幸いにも元の上司が天使の役割を果たしてくれて、生き地獄から短期に這い上がることが出来た。 ラッキーとしか言い様がない。

「キャリア・チェンジ」は、闇雲に気持ちを切り替えて挑戦しても、その職種自体に求められる適性がなければ「変化」は「チャンス」とならず、「危機」になる場合があることを知っておくべきだろう。

会社を辞められない、辞めたくはない!

この気持ちは理解できるが、一度会社から「WANTED(指名手配)」のポスターを掲示されたら、傷口の浅い時に、自分のキャリアを見つめ直して今後のキャリアの方向性を定めて行動することが大切だ。

会社に残る残らないは、キャリアの方向性と軸の分析をした結果として導き出されるものだと言いたい。